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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)1252号 判決 1998年1月26日

福岡県粕屋郡新宮町大字上府一一六九番地

原告

森峯徳

右訴訟代理人弁護士

谷口由記

右輔佐人弁理士

津田直久

小柴雅昭

岡本寛之

兵庫県三木市別所町高木一三八番地

被告

株式会社近藤善己商店

右代表者代表取締役

近藤正惠

右訴訟代理人弁護士

山崎昌穗

右輔佐人弁理士

福島三雄

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙イ号目録及びロ号目録記載の各物品を製造し、販売し、販売のために展示してはならない。

2  被告は、前項の物品を廃棄せよ。

3  被告は、原告に対し、金一九四四万円及びこれに対する平成八年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その登録された考案を「本件考案」という。)を有する。

登録番号 第一九七〇一九二号

考案の名称 建方補助具

出願日 昭和六一年六月一一日

公告日 平成四年九月一八日

登録日 平成五年六月一〇日

2  本件考案の実用新案公報(以下「本件公報」という。)に記載された実用新案登録請求の範囲の記載は次のとおりである。

「1 レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組合わせて使用するリンクチエンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けたことを特徴とする建方補助具。

2  レバーブロックが2方向のブレーキ付きとしたことを特徴とする実用新案登録請求の範囲第1項記載の建方補助具。」

3  本件考案の構成要件を分説すれば、次のとおりである(各構成要件を、以下「本件構成要件(一)」などという。)。

(一) 係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出させたこと

(二) 二方向のブレーキが付いたレバーブロックを有すること

(三) レバーブロックに係止フックを軸支したこと

(四) レバーブロックと組合わせて使用するリンクチエンの一端に略L形状フックを取付けたこと

(五) 略L形状フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けたこと

4(一)  被告は、業として、別紙イ号目録記載の物品(以下「イ号物件」という。)及び別紙ロ号目録記載の物品(以下「ロ号物件」という。また、イ号物件とロ号物件をあわせて「係争物件」という。)を製造し、販売し、販売のために展示している。

(二)  係争物件は、一方の桁材に取り付けた略L形状フック(イ号図面及びロ号図面の各u、以下、これら両図面の共通の記号を示すときは、単に「図面u」などという。)と他方の桁材に取り付けた係止フック(図面f及びh)との間を鎖等(図面k及びs)で結合し、鎖等の長さをレバー(図面m)及び鎖等を巻き込んで止める装置(図面b、以下、単に「ブレーキ装置」という。)で調節することにより、離れた位置にある二つの桁材の組立てを調節するための器具である。

5  係争物件は、以下に述べるとおり、いずれも、本件考案のすべての構成要件を充足するから、本件考案の技術的範囲に属し、被告が業として係争物件を製造し、販売し、又は販売のために展示する行為は、本件実用新案権を侵害する。

(一) 本件構成要件(一)の充足性

係争物件の係止フック先端は、大きく楔状に突出しており(図面j)、他方の略L形状フックとの間の鎖等が緊張することに伴って、桁材に食い込む構成となっている。

ところで、本件構成要件(一)の係止フック先端の形状は、係止フックを桁材に突き刺すようにして(突き刺すのではない)、固定させるためのものであり、桁材に食い込むことになる係争物件の係止フックの先端の形状は、本件構成要件(一)を充足する。

なお、係争物件の係止フックは、腕杆(図面f)とJ字形部材(図面h)の二部材から構成されており、本件公報図面第1図3の係止フック(一部材)とは異なるが、本件考案の係止フックはフック形状の部材を指すものであって、二部材で構成された係止フックでも本件考案にいう係止フックである。

(二) 本件構成要件(二)の充足性

係争物件のブレーキ装置(イ号図面b)は二方向のブレーキがかかるものであるから、このブレーキ装置とレバーを組み合せた装置(すなわち、レバーブロック)で鎖等の長さを調節する係争物件は、本件構成要件(二)を充足する。

(三) 本件構成要件(三)の充足性

係争物件のレバーブロックは、枢支ピン(図面d)によって、回転部材(図面c)に回転自在に取り付けられ、この回転部材は、ボルト(図面e)によって、係止フックの腕杆の基端部に回動自在に取り付けられ、腕杆の長手方向中央部は、回動ボルト(図面g)によつて、係止フックのJ字形部材に回動自在に取り付けられている。

ところで、本件構成要件(三)にいう「軸支」とは、リンクチエンを緊張する際のレバー操作を容易にするため、レバーブロックが回転可能なよう、軸で係争フックに取り付けることを指すから、ボルトと回転部材でレバーブロックと係止フックとが結合している係争物件は、レバーブロックが係争フックに「軸支」されていることに変わりはなく、本件構成要件(三)を充足する。

(四) 本件構成要件(四)の充足性

係争物件は、レバーブロックと組み合わせて使用する鎖等(図面k及びs)の一端に略L形状フック(図面u)を取り付けており、本件構成要件(四)を充足する。

なお、イ号物件の鎖であっても、ロ号物件のワイヤー(ロ号図面k)であっても、いずれも本件構成要件(四)にいう「リンクチエン」に該当するものである。

(五) 本件構成要件(五)の充足性

係争物件は、略L形状フックの基端に長尺の棒(図面t)を脱着自在に取り付ており、本件構成要件(五)を充足する。

6  損害

(一) 原告は、本件考案の実施品として、商品名「フッカーMⅡ」を製造販売しており、また大阪府大阪狭山市岩室二丁目一八〇番地所在の象印チエンブロック株式会社に対し通常実施権を許諾し、同社は「象印フッカー」の商品名で本件考案の実施品を製造販売している。

(二) 被告は、遅くとも平成五年七月一日から係争物件を製造販売し、その一台あたりの販売額は三万円を、一か月あたりの販売数は六〇台を、その利益率は三割を下回らないから、被告は、平成五年七月頃から平成八年七月までの間に、合計一九四四万円の利益をあげた。

7  よって、原告は、被告に対し、本件実用新案権に基づき、係争物件の製造、販売、販売のための展示の差止め及び廃棄を求めるとともに、本件実用新案権侵害に基づく損害賠償として一九四四万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成八年七月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2(一)  同4(一)の事実のうち、被告がイ号物件を製造、販売したこと及びロ号物件を販売したことは認めるが、被告がロ号物件を製造したことは否認する。ロ号物件は第三者が製造したものである。

(二)  同4(二)の事実は認める。

3(一)  同5(一)は争う。

本件考案は、「係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し」との補正をしたことによって、ようやく登録が認められたものである。

すなわち、昭和六一年六月一一日出願時の本件考案に係る実用新案登録請求め範囲の記載のうち、係止フックの先端に関する箇所は、単に、「係止フックの先端が楔状に形成され」というものであったが、平成三年一二月二六日付けで実用新案法三条二項の規定による拒絶理由通知がされた結果、原告は、平成四年四月四日付けの手続補正書を提出し、同箇所の記載を「係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し」というものに補正し、本件実用新案権の登録を受けたものである。

そして、右補正時に改めて図面の追加・補正がされていないことからすれば、右補正は、本件考案に係る係止フック先端の形状を、出願時の願書に添付された図面の第一図、第三図、第七図に示された形状に基づく限定を加えたものであると解さざるをえない。

そうだとすれば、本件構成要件(一)の係止フックの先端を「内側に大きく楔状に突出」という部分は、右各図に示きれているように、楔状部が係止フック全体の約一五パーセントに及ぶ長さを有し、その尖鋭角度が三〇度に形成され、先端が鋭く尖っていることを意味することになる。

ところが、係争物件の係止フックの先端であるJ字形部材の先端には、僅かに盛り上がる突部が形成されているにすぎず(図面j)、しかも右突部の先端は丸く形成されているから、係争物件は、その「係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出」させておらず、本件構成要件(一)を充足していない。

なお、係争物件のJ字形部材の先端部が内側に屈曲され、この先端部の先端に突部が形成されているのは、J字形部材と腕杆とで桁材を挟持したときに挟持力が集中して加わるようにするためであって、桁材を突き刺すためではない。それゆえ、係争物件のJ字形部材の突部は、できるだけ桁材を傷めないようにするため、先端に丸みをもたせ先端角度を大きくしているのである。

(二)  同5(二)は、イ号物件に関しては認めるがロ号物件に関しては争う。

本件考案におけるレバーブロックはリンクチエンを巻き込むように構成された装置であり、しかも、引き寄せ作用を有する装置の中でこのようなレバーブロックを採用したことにより本件考案は登録されたのである。リンクチエンを巻き込むレバーブロックは正逆回転も容易であり弛みが生じるおそれもないのに対し、ワイヤーを巻き取るウィンチの場合は正逆回転をさせようとすると複雑な構造となるとともにワイヤーに弛みが生じるおそれがあるもので、ウィンチを使用したロ号物件ば、本件構成要件(二)を充足していない。

(三)  同5(三)は争う。

(四)  同5(四)はイ号物件に関しては認めるが、ロ号物件に関しては争う。ロ号物件に使用されているワイヤーは、リンクチエン、すなわち鎖とは全く異なる部材である。

(五)  同5(五)は認める。

4(一)  同6(一)の事実は知らない。

(二)  同6(二)のうち、被告が平成五年七月頃から平成八年七月までの間に、合計一九四四万円の利益をあげたとの事実ば否認する。

5  同7は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実及び同4(二)の事実は当事者間に争いがなく、同4(一)の事実のうち、被告がイ号物件を製造、販売したこと及びロ号物件を販売したことも、当事者間に争いがない。

そこで、係争物件が本件考案の構成要件に該当する物品かどうかについて判断するに、ロ号物件は、ロ号図面のkの部分がワイヤーで構成されているから、これが本件構成要件(四)を充足するかどうか疑わしいが、その点は置くとして、以下、係争物件の係止フックが本件構成要件(一)を充足するかどうかについて検討する。

二1  「楔」とは、一端を厚く他端に至るに従って薄く作った刃形の木片又は金属片の道具であって、通常、木や石の割れ目に打ち込んで割ったり、物を押し上げたりするのに使用されるものをいうから、係止フック先端が、「楔状」であるとは、係止フックの先端部が端に行くほど薄くなるという刃形状に形成されていることを意味すると解されるが、係止フック先端が内側に大きく楔状に突出し、というだけでは、その刃形状先端の鋭さの程度や刃形がどの程度内側に突き出ていることを意味するのかが、必ずしも明らかではない。

2  そこで右の意味内容を確定するため、本件考案の詳細な説明及び図面を参酌すべきところ、甲第二号証によれば、本件公報の「考案の詳細な説明」の中には、「従って本考案の建方補助具では、部材の継手を結合するときレバーブロックに軸支した係止フックをその開口部から一方の部材に挿入すると共に楔状に形成した先端を継手側に向けて部材の側面に少し打ち込む。」、「部材に打ち込まれた先端が係止フックのスリップを防止する。」「柱の転びを修正するときは、係止フックをその開口部から外側に倒れた柱の反対側の土台上面に挿入して先端を同土台側面に少し打ち込む。」との記載があり、実施例の説明として、「この建方補助具1で柱の倒れを修正するときは、まず係止フック3の空間11に内側に倒れた柱の方の土台22を挿入し、楔状の先端9を土台22に少し叩き込む。」との記載があり、実施例の係止フック取付け方法の説明図面として別紙「実施例説明図」(本件公報第3図)のとおりのものが示されていることが認められる。

3  右認定の記載及び図面に照らせば、本件構成要件(一)にいう「係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し」とは、係止フックの先端の刃形状の部分が、桁材の木材に容易に打ち込むことが可能な程度に鋭く尖っていることを意味するものと解するのが相当である。

三1  次に、係争物件の係止フックの先端(J字形部材先端、図面j)が、本件構成要件(一)にいう「係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し」たものかどうかについて検討するに、被写体がイ号物件であることに争いのない検甲第一、第六号証の一、二、検乙第一号証の一ないし三、並びに被写体がロ号物件であることに争いのない検甲第二号証及び検乙第二号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、係争物件の係止フックの先端を構成するJ字形部材の先端部も、ある程度尖っているが、V字型の刃形状に尖ってはおらず、先端部にわずかに幅がある(先端部が丸みを帯びている)ことが認められる。

2  さらに、係争物件の使用状況を録画したものであることに争いのない検甲四号証によれば、使用者は、係争物件の係止フックの先端を建物の土台に見立てた二本重ねの木材に固定する動作をしているものの、実際には、その係止フック先端を、二本の木材と木材の隙間に引っかけて固定したのみであって、係止フックの先端を木材に叩き込んで固定してはおらず、使用者が係争物件の略L形状フックと係止フックの間の鎖等を巻き上げていった後も、係止フック先端が木材に食い込んではいかず、二本の木材の隙間に引っかかっているだけにとどまっていることが認められる。

3  右認定事実を総合すれば、係争物件の係止フックを構成するJ字形部材の先端は、本件考案の係止フック先端とは異なり、建物の土台等の木材に容易に打ち込むことが可能な程度に鋭く尖っているものではないもの(係止フックを柱や部材に滑りなく固定するという作用効果の点において、本件考案のそれに比べて、格段に劣る形状のものである)といわなければならない。

したがって、係争物件は、本件構成要件(一)を充足しないから、その余の構成要件について判断するまでもなく、係争物件は本件実用新案権を実施したものということができない。

四  なお、検甲第四号証と同様に、係争物件の使用状況を録画したものであることに争いのない検甲五号証の中には、係争物件の係止フック先端が建物の土台に見立てた木材に食い込んだ状態で使用する様子がみられるが、同号証によれば、イ号物件については、係止フック先端を、建物の土台の部材に見立てた木材に固定するために、大人の男性である使用者が、両手で係止フックを持って、相当程度強く係止フック先端を木材に叩き込む状況が認められ、その後も、係止フックに手を添えて係止フック先端が木材から外れないように固定したまま、レバーを操作してリンクチエンを巻き込み、リンクチエンを緊張させながら、同時に、右手で係止フック先端を木材に押し込む状況が認められる。また、ロ号物件についても、(両手で係止フックを持っているかは不明であるが、)同様に相当程度強く係止フック先端を木材に叩き込み、その後、ウインチでワイヤーを巻き込んで、ワイヤーの緊張する力により係止フック先端が木材にがっちり食い込んで固定されるまでの間、係止フック先端が木材から外れないように、係止フックに手を添えている状況が認められる。

したがって、右のようにして、ようやく、係止フック先端が木材に食い込んだ状態で、係争物件を使用できることが明らかであるから、同号証をもってしても、係争物件の係止フック先端が、桁材に容易に打ち込むことができる程度に尖っていると認めることはできず、他には、右認定判断を左右する証拠はない。

五  以上の次第で、係争物件が本件実用新案権を侵害することを前提とする本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由ないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 橋詰均 裁判官 鳥飼晃嗣)

(別紙) イ号目録

商品名 家起し機「ハウスビルダーDX」(チェーン式)

構成 下記のイ号図面のとおり

(イ号図面)

<省略>

(別紙) ロ号目録

商品名 家起し機「ハウスビルダー」(チェーン式)

構成 下記のロ号図面のとおり

(ロ号図面)

<省略>

(別紙) 実施例説明図(本件公報第3図)

<省略>

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